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WICCA 

 

 

 

​●第一章 人であり、人でない者達

リュゼ.png

人は死ぬ瞬間、どんな感情を抱くのだろう。どんな痛みを感じるのだろう。
虚無に飲み込まれる瞬間を、彼らは感じるのだろうか?
深い眠りに落ちる感覚を、彼らは感じるのだろうか?
私にはわからない。人じゃない私には、魔女属である私には人間が理解できない。

いや、理解する必要さえ感じなかった。
考える必要もなかった。理由はもちろん、我々が人よりも強いからだ。

弱者である人間の考えやら生き方やら、そんなことを気にする必要は、私たちにはなかったはずだった。
しかし、その疑問の答えは、ある日突然この身に起きた。

「ぐ…ァ」

腹を貫かれた。だが、こちらも退かず、相手の臓物を突き破った。二人は相打ちだった。
少女から退いた男は、ふらつきながら、木の根に崩れ落ちた。
深い森の奥。冷たく湿った地面を赤い血が染めていく。
激しく空気を吐く音が聞こえた。喉の奥からせり上がってくる血液を吐いて、男はニヤリと笑った。

「……ッ
お前の負けだぜ、リュゼ…
言っただろう、油断はお前の…悪い癖だとな

「…………」

リュゼと呼ばれた少女は、腹に突き刺さった剣を引き抜いて、投げ捨てる。

カラン、と音がして、切っ先の割れた剣が地面に落ちる。
手も体も血まみれだ。ああ、くそ…こんなはずじゃなかったのに。
彼女は、膝から崩れ落ちた。
隙を見せてしまった。一瞬だが、それも戦場では命取りとなるのだ。

血が溢れ出し、リュゼは初めて寒さを知った。
思うように息が吸えない。最後の力を振り絞って、彼女は天を仰ぐように仰向けになった。

冷えた体も、どんどん動かせなくなっていた。
深い森の奥に差し込む光さえ、冷たく感じる。
男は、ポケットから出したタバコに火をつけて、吸い込んだ。

「………ハァ…
せっかく、お前を追いつめられたのに
……なんでだろうな、全然嬉しくねえ…
きっと…きっと俺は、俺はお前が好きだったんだろうな…ハハハ…ウッ…ゲホッゲホッ…
お前との殺し合い…最高に楽しかったんだ。

お前を追い詰めて、お前に挑むのが、とても…楽しかったんだ。

ここまで生きてきて、人生で一番な…なあ…リュゼ。お前はどうだ?」

彼の口から吐いた白い煙が、あたりに立ち込める。

いつも感じていた臭いだ。鼻につく臭い。気持ち悪い、胸をムカつかせる臭い。
リュゼは顔をしかめながら言った。

「…私は…私は、全然…楽しくなんかなかったさ…ゲボッ…

ただの暇つぶしだった…ギック…バレンシアン…!

このクソ野郎…
それが…こんなザマとは、私も堕ちたモノだ…ははは…くそ人間め…

その口を、その体を…この爪で八つ裂きにできれば…どれだけ良かったことか…!

内臓を破っただけじゃ、お前は死なないんだろ…」

「へ、へへ…、なんだそりゃ、俺はお前らとは違うんだぞ。内臓を潰されたら、死ぬ。俺は、バケモンじゃねえからな。

彼…ギックは笑いながら言った。そのとき、タバコが口からこぼれ落ちる。

血だまりに落ちたタバコの火はジュッと音を出して消えてしまった。

「なあ、リュゼ…俺は…
……俺ももうだめみたいだ。…ああ、こりゃ…相討ちだな。お前の一撃、効いたぜ。」

「……

リュゼは何も言わなかった。彼はニヤつきながら言葉を続ける。

「仲良く地獄に行こうぜ…?
俺もお前も、背負った罪は同じようなもんだ。

お前は殺しを楽しみ…そして俺もまた…殺しを楽しんだ。

俺たちは同類だったんだよ。

けっ、と彼女は笑う。ギックは空を見上げた。
血を吐きながら、彼は天を仰ぐ。

「ああ…空が見える、綺麗な夕空だ。

あの時お前と出会った時のような……綺麗な…

その後の言葉は聴くことができなかった。リュゼは苦しみに喘ぎながら、小さくつぶやく。

「…同じにするな…ギック・バレンシアン…私はお前とは違う。私はまだ……

問答の答えはすぐに出た。
体の熱がどんどん失われていく。
これが死か。酷く暗く冷たいものだ。
いやだ、いやだ。
私はまだ、死にたくない。
眠りたくない…死ぬわけにはいかないんだ。
私は、まだ戦える。
まだ、まだ眠るには早いのだ。
そうだ!私はまだ戦える!
自分の生きる意味を知らない私達には、
人でなく、その感情こそ理解することもできない、私には…
戦うことこそが、生き甲斐なのだから。

体はもうほぼ動かなくなった。呼吸器官が止まるのも時間の問題か。
このままここにいると、ギックの仲間に見つかるだろう。

そうすれば、自分がどのような目に合うかは、見当がつく。
早くここを離れなければならないのに、体は動かない。
生きたいのに、死ぬしかない。

仰向けのまま、彼女は動かずにいた。
呼吸器官に血液が入り、うまく息を吸えない。

ゴホッゴホッという咳の音だけが静かな森に響いている。
風が吹き、森がさざめく。…遠くで草木をかき分ける音がした。
ああ…もう奴らが来たのか。奴らの世界の法律が変わろうとも諦めない復讐者、薄汚い魔女属殺し共…。
冷たい土の匂いを心地よく感じる。

ゆっくりと冷えていくこの体は、奴らに八つ裂きにされ、火に炙られて灰になるのだろう。
ああ、くそ…!
でも、でももう逃れようがない。彼女は諦めをつけたように目を閉じた。

だが、聞こえたのは予想とは外れた音だった。

「哀れだな。リュゼ。」

冷たく、男は言い放った。リュゼは薄く目を開いて彼を見た。

霞んでいく視界に映ったのは、黒い装いの男だった。

尖った耳…黒い髪…黒い服装をしている。

鈍くきらめく深い紅色の瞳には彼女だけを写していた。
その姿と声にリュゼには覚えがあった。

「……モル、セーゴ…!」

「お前が俺に、いつもまとわりついていた意味がようやくわかった気がするよ。」

彼はそう呟くと、リュゼの側に座り込んだ。彼女は彼から逃れようと身動きをするが、

動けずにいた。どくどくと、血が溢れ漏れ出していくのも構いもせず腹に力を込める。

しかし、激痛に襲われ、彼女は呻き声を上げた。

「……なんでここに…お前が…ッアッうッ…」

モルセーゴは、彼女がもがく姿を眺め、目を細める。彼女の体は赤い鮮血に濡れている。
彼は、ゆっくりと彼女を仰向けにすると、リュゼの刺し傷の中に指を入れた。

痛みで悶えるリュゼは、悲鳴をあげながら、苦痛に歪んだ顔に怒りを宿して彼を睨んだ。

しかしモルセーゴは彼女を気にもとめず、話を続ける。

「我慢しろ。

グチュリ…と、指が奥に入っていく。その指が動く度に、リュゼは痛みに喘いだ。

手のひらをぎゅっと握りしめ、瞳からは涙が溢れている。

だが、モルセーゴは手を動かすのをやめなかった。

彼はもっと奥に手を入れて、やがて中から白銀の破片を取り出した。

それは、近くの地面に転がった白銀の剣の破片だった。
痛みから解放されても、リュゼは苦々しい顔をしている。

呼吸を荒げ、紅い瞳から涙がこぼれ落ちていく。睨みつけようとしても、

目蓋が重くなって上手いようにいかない。体の力が抜け、視界が狭まっていく。

リュゼの様子を見て、もう意識が薄れ始めているのだろうと感じたのか、

彼は、自分の手についた血を舐めて、彼女に向かって言った。

「生きたいか?リュゼ。
俺ならお前を助けられる。お前が生きたいと言うのなら、俺はお前を…」

彼女は、彼の言葉を遮るように、残った力でモルセーゴの服をつかむ。

そして、弱々しく呟いた。彼は目を丸くした。
わずかに残る力で、声を絞り出すように、リュゼは彼に訴えかけた。

「…いやだ…
死にたくない…私は……まだ…まだ死にたくない…」

彼女の頬に一粒の涙が伝う。
すこしだけ間を開けて、その言葉に、モルセーゴは覚悟を決めたように答えた。

「…ああ。そうか。
ならば…俺と生きろ、リュゼ。

消えていく視界の中、その言葉はゆっくりと消えていった。


深い木々が茂る山の奥。彼らの住処は山の土壁の中にあった。ひっそりと佇む壁の中の家は、よそ者が見ても家だと判断することは難しいだろう。
森で羽を休める小鳥たちの歌声が、今日も美しく響いている。…そんな美しい午後を切り裂くように、割れた食器の音が響いた。それに続いて女は声を荒げる。

「じょ、冗談じゃない!!私の力を返せ!」

彼女は目の前にいた男に掴みかかろうとするが、軽くかわされる。ぎりり、と歯ぎしりをして、彼女は男に向き直った。男…モルセーゴは、冷ややかな目をして彼女に言う。

「おい、あまり暴れるな。強制的に大人しくさせてもいいんだぞ。」

モルセーゴは割れた食器を片付けながら、リュゼに対してため息をついて、睨みつけた。
リュゼは、気圧されるような感覚を味わったが、それでもモルセーゴに対して尖った歯を見せながら、まるで野生動物のように威嚇した。

「私をどうするつもりだ?甲斐甲斐しく看病までして…恩でも売るつもりか?ああ!?
私の力を返せ!モルセーゴ!!答えはイエス以外受け付けんぞ!」

モルセーゴは再びため息をつく。ぎゃんぎゃんと吠える彼女を置いて、彼は割れてしまった食器をちりとりで掃き、ゴミ箱に捨てた。

「お前に恩を売ったところで、帰ってくるのは仇のみだろうよ。…野蛮すぎて手に負えない。使える食器を見繕うのにどれだけ時間と手間がかかるか、お前には理解することもできまい」

リュゼは頭に血が上っているようだ。細い眉を吊り上げ、モルセーゴを睨みつける。ギザギザの歯がぎらりと輝く。

「なんだと!?お前!」

怒声をあげながら、彼女は立ち上がろうとした。しかし、ぐらっと視界が揺れて、体勢を崩した。べたり、と地面に倒れ臥す。

「うっ!…くそ!!

地面を殴りつける。拳がじん…と痛んだ。彼女は顔をしかめながら、痛みに耐える。モルセーゴはまたため息をついて、リュゼの腕を持ち、無理やり立ち上がらせた。

「なっ…

バランスを崩し、リュゼは彼にもたれかかる。
驚きのあまり、声は出なかった。彼女の顔はすぐに彼の首元に落ち着いた。驚き固まっているリュゼを尻目に、モルセーゴは気にも止めずに、彼女の肩に手を当てて引き離し、その目を見て言った。

「大人しくしていろってことだ。まだ契約が機能してないんだからな。…魔力の譲渡はまた今度になるか…

「は…あ?契約…?何のことだ。

その答えに、彼は、少し眉をひそめた。

「覚えていないのか?…まあ無理もないか。
お前はもう、俺の眷属だ。生を与える代わりに眷属になる、と、約束を交わしただろう。

その言葉を聞くやいなや…またもや、彼女が大きな声で叫ぶ。

リュゼ「な、な…何だと!?そんな契約はしてない!記憶にないぞ!!…だから私の力も感じられないのか…!はやく元に戻せ!!

もう一度モルセーゴにつかみかかろうとする。だが、その時、ぐらりと彼女の視界が歪んだ。全身を鈍い痛みが襲い、彼女は苦い顔をして、両手で腹を抑える。リュゼが痛みに唸っていると、すぐそばでため息が聞こえた。

「落ち着けと言ったはずだが。興奮すると傷が開く。お前はもう魔女属としての力を失っているんだ、無駄に魔力を消費して回復しようとすると、消費量に耐えきれずに体力を削られるぞ。

「うる、さい!傷さえ治ればお前なんて、この手で殺してやる…ぅう…この痛みさえなければ…

「ふむ…威勢がいいのは悪くはない。病は気からくるものだからな。

そう言うとモルセーゴは、リュゼのもとに近づく。近付く姿に驚いて、彼女は後ずさりをする。
体が拒否をしなければならないと感じていた。…こいつは何かをするつもりだ!
しかし、後ろの壁にぶつかってしまう。その時を狙っていたのか、彼は彼女が逃げ出すよりもはやく、その小さい顎をぐっと掴み、自分の唇を彼女の口に押し付けた。

もちろん慣れない行為に驚くリュゼを、暴れないように体全体で壁に押さえつけ、自由になった腕を掴む。彼は、硬く閉じた唇に無理矢理舌を侵入させ、彼女の口内を支配していく。
水音が響く。彼は口を離し、また口づけをする。その息苦しさからか、時折吐息を漏らし、彼女は拒否を続ける。しかし体力の不足から、彼の支配から逃れることはできなかった。
モルセーゴは彼女の口内を十分堪能し、満足したかのように唇を離す。すかさず殴ろうと力を込めるが、逆らえるほどの力はなく、やはり押さえ込まれてしまう。

「お、まえっ…!なにを…!!

「魔力の譲渡だ。体液に含まれる魔力をお前の粘膜に染み込ませることで、俺の魔力を少しうつした。これで痛みが少しは楽になるはずだ。契約が機能すればもう少し楽にもなれるだろう。
…なんだ。恩人に礼も言えないのか。

リュゼは自分の体の痛みがさっきよりやわらいでいることに気がついていた。しかし、受け入れることはできなかった。睨みながら、唾液で濡れた口元を腕でふき取る。

「し…て…欲しいと頼んだ覚えはない!勝手にするな!!気持ちが悪い!

「…それもそうだな。今度から気をつけよう。

彼は淡々とそう言うと、リュゼに背を向けて奥の部屋に入っていく。

「おい!まて、モルセーゴ!

リュゼはモルセーゴを追いかけて部屋の奥へと入っていく。しかし、まっくらなその部屋で彼を視認することはできなかった。
魔女属であった自分は、暗闇でこそ目が効いたものだった。しかし、やはり何も見えない。舌打ちをして、視認することを諦める。
目が効かないなら、感覚だけで進むしかない…。
一歩ずつ前に進んでいくたびに、彼女は体の重さを実感する。今の自分はモルセーゴの眷属として生きており、魔女属としての生命を持っていないことを再度思い知らされる。
こんなにも人の体が不便だとは…。

そして、もちろん彼女は、自分に伸ばされた手に気がつくはずもなかった。

「…ッ!

腕を掴まれた後、ぐっと引き寄せられ、何かに包まれる。この匂い…また奴だ。
しかし驚いたからなのか、心臓がひどく高鳴る。

「おい、暗闇を一人で歩くな。そこは屑鉄が散らばっていて危ないんだ。

そう言われて気がついた。すこしばかりの光に当てられて、キラリと輝く鉄の破片がそこにあったのだ。それは、リュゼの足元に転がっていた。
裸足で歩いている自分の足に突き刺さる直前に、どうやら…助けてくれたらしい。

「う、うるさい!余計なことを…こんなもので怪我をするわけがないだろうが。

自分を抱きとめる、彼の吐息が耳にかかってこそばゆい。先ほどのキスから、なぜか心臓の音が大きくなっている。ああ、きっとこれは、驚いているからだ。リュゼはそう納得した。
モルセーゴは、リュゼを抱く力を少し強くして言った。

「いや、今のお前は、あの様な破片でも怪我をする体だということを自覚しろ。いいか?もう一度言うが、俺の眷属と化したお前には魔女属であるリューグナーの力はない。今のお前はすこし特殊な人間なだけだ。回復能力も少なく、お前一人ではけして生きられない。

「…っっ

度重なるモルセーゴからの言葉に、諦めがついたのか、彼女は彼に後ろから抱きしめられていても抵抗をしなかった。彼女はすこし弱々しく言う。

「なあ、私をどうする気なんだ。
腹でも捌いて、晩飯にでもする気か?

ああ、自分で言っていても、変な気分だ。と、リュゼは思う。バレないように平然を装っているが、もう魔女の能力が消え去っている為か、恐怖という感情を、彼女は知ってしまった。

こいつのことが怖いと、感じるなど、信じたくもなかった。この耳元にある彼の顔は、いつでも自分の首筋に牙を立て、わたしを殺すことができるのだ。そして、今の私では、簡単に彼の牙にかかるだろう。…抵抗は無意味だ。

だが、もちろん。主人がそれを感じないはずもない。彼はリュゼが自分に対し、恐怖を感じていることを知っていた。

「ああ、それもいいな。これまでの仕打ちを一度に返すことができるからな。

「……っ!

彼女の体がこわばる。モルセーゴはもちろん、なんて面白いのだろうと、心の中でほくそ笑んでいた。
今まで、自分を殺そうと勇猛果敢に挑んできた女の能力が無くなり、今度は自分に対して恐れを抱き、肩を震わせて怯えている。
眷属契約を結んでいるが為に、彼女の感情…恐れはモルセーゴにも伝わってくる。
彼女が自分に対して恐れを抱いていることに、モルセーゴは満足していた。いままで幾度も邪魔されてきた仕返しができたからだった。
だが、リュゼの反応を見て、彼はすこし焦っていた。
…ああ、どうやら本当に怖がっているようだ。なんだか可哀想になってきた。…そろそろ、やめてやるか。
そう思うと彼は、ため息をついた後に口を開いた。

「…冗談に決まっているだろう。本気にするな。

そう言って、抱擁を解く。
すると、彼女はすこし安堵したようだ。リュゼは不機嫌そうな顔で、モルセーゴに向き直る。

「本気になど…するものか!ふざけるなよ。
私は必ずお前を殺して、力を取り戻してやる。
それまで、怯えているといい!じゃあな!

彼に向かって指をさし、捨て台詞を吐いてモル横を通り抜けていく。暗闇に目が慣れたのか、屑鉄を踏まない様にそっと。
そうして、出口を探そうとするリュゼだったが、その行動はやはり遮られた。
彼女は腕を掴まれてその場に静止した。

「どこへ行くつもりだ?

「どこ?どこ、だと?
決まっている!自分の住処だ。こんなところにいてたまるか!

彼女が機嫌を悪くして放った言葉に、彼はムッとした顔をする。

「俺がいつ、戻ることを許可した?眷属であるお前が、俺の命令無しで行動できるとでも?

「なっ!?ふざけるな!わたしはお前のものなんかじゃない!

「いいや。お前は俺と契約した眷属だ。俺のものであることは変わらない。眷属である以上お前は、俺の命令を聞かなければならない。まさか、眷属の意味を知らないのか?


その言葉にカチンと来たのか、リュゼはモルセーゴに殴りかかる。しかし、またその手はすぐに止められてしまう。すかさず足で攻撃を加えるが、結果は同じことだった。簡単にいなされ、リュゼは彼によって壁に押さえつけられる。
ドン、と、体に衝撃を与えられ体の奥が震える。鈍く痛みを感じるが、彼女は身動きが取れないままでも、暴れることをやめなかった。

「ふざけるな…っ!離せ!モルセーゴ!

「何故離さないといけない?理由を言え。

「理由だと!?お前と居たく無いからだ!私は自分の住処に帰る!さっさと離せ!

しかし、リュゼの望みとは逆に、彼は押さえる手を強くする。胸部圧迫の痛みに苦しみ、彼女はそれ以上文句を言うのはやめた。しかし、降伏はしなかった。まだすこしだけ、拘束を抜けようと暴れている。
モルセーゴはすこし強く、彼女に語りかける。

「眷属契約を結んだと言うことは、お前は俺の所有物の一つということだ。自由権はない。お前はその契約を結び、契約書に署名した。
俺が許可を下ろすまで、お前はここで待機しなければならない。いいな?リュゼ。

「…っふっ…!うっ…!!ふざけ…るな!!わたしはそんなの、許可していない!!ころ…してやる!!

躾のためだが、すこしキツく抑えすぎたのだろうか。彼女の口からひゅーひゅーと息が漏れる。涙目になりながらも、彼女は抵抗をやめない。抗えないが、だがしかし抵抗はやめない。

「(このままでは、らちがあかんな。

素早く、彼は彼女の首に打撃を加え、意識を喪失させる。リュゼは、薄れゆく意識の中で小さく呟く。

「くうっ!!モル…!!おま…え…

彼女はバランスを失う。モルセーゴは、彼女を支え、その体を担いだ。

「お前が主人の命令を聞かない駄目眷属なのは、予想済みだったが…これは教育に手がかかりそうだな。

彼は気を失ったリュゼを担ぎながら、暗闇の奥に消えていった。



リュゼは朝日とともに目覚めた。
白くて柔らかいベットの上で、彼女は目を覚ました。体が暖かくて…少し気だるい。魔女属であった時には感じなかった感覚だ。
それもそうか…我々、魔女属というものは、睡眠を必要としない。私も寝たことは一度もないのだ。寝ると体力を回復することができるが、そんな退屈なことなどしていられなかった。

…何度も手を開いたり閉じたり、を繰り返す。

魔力を感じない。微小なものは残っているが、やはり威力が高いものはほとんど使えないようだ。
ぎゅっと拳を握り、ベットに叩きつける。今までは岩でさえもこの一撃で粉砕できていたのだが…残念ながら何も壊れることなく、拳は跳ね返り、じんわりとした痛みが残っただけだった。

ああ、情けない。能力を失ったこともさることながら、よもや…形だけとはいえ、あの男の眷属にされてしまうとは!情けない!情けない!腹が立って仕方がない!

寝床から起き上がり、周りを見渡す。どうやら気配もしない、モルセーゴはここにはいないようだ。

「(ならば、好都合だ…。今のうちに逃げ出せる。

そう思い立ち、歩き出そうとする。だが、その足はフラつき、リュゼは床に倒れる。ガシャン!という音を立てて、近くにあった器が落ちた。
ああ、やばい。これは…

「何をしているリュゼ。また物を壊す気か?

やはり、気が付かれていた。扉を開けてモルセーゴが部屋に入ってくる。舌打ちをして悪態をつきたいが、そんなことをしている余裕はなかった。
足が、動かない…。
ぺたんと座り込んだまま、リュゼは音を聞いてやって来た彼を睨みつけて言った。

「うぅ…モルセーゴ!!おまえ…また私に何かしたのか…!

「おまえは今、魔力切れを起こしかけている。体の傷も完治していない状態だ。安静にして寝ていろ。

「ま、魔力切れ…?

床に倒れたリュゼの腰と、足に手を添えて、モルセーゴは彼女を持ち上げて、ベットに移す。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。リュゼは抵抗することもないまま、不機嫌な顔を変えずにそっぽを見ている。
彼はそんな彼女を見下ろしながら、言った。

「おまえが俺のいうことを聞く、と、約束しない限りここからは出さない。それに、全快ではない体力で、外に行くなどもってのほかだ。どのような者が狙ってくるかわからないのだからな。

「約束するから、出せ!

リュゼの即答に彼は、ハァ…と長いため息をついた。彼は彼女をベッドに再び寝かせると、腕を組んで彼女を睨む。

「即答は逆効果だぞ。わかっているのか?そんな答えで俺が納得するとでも?…無駄だ。俺にはおまえの心がわかる。お前の、考えていることもな。

ぐぬぬ…とリュゼは顔をしかめる。だが、モルセーゴの命令に従わなければ、どうしようもないということを、彼女は理解していた。

「そこで大人しくしていろ。

いつものように、少し睨みを効かせた冷たい表情をすると、彼は部屋の奥の闇に消えていった。
…ああ、ムカつく…!
リュゼはそう思いながら枕に顔をうずめる。
絶対に抜け出してやるという強い意志が、生まれ始めていた。やつの支配から逃れるためならなんでもすると、彼女は頭に血を昇らせて冷静ではなくなっていた。
そして、その機会はすぐに訪れることになった。

少しだけベッドで休み、眠い目を擦って起きあがる。
外につながる窓から光が差していた。
薄暗かった空も、もう明るくなったのだろう。
ゆっくりと立ち上がる。少しフラフラするが、立てないことはなかった。壁にもたれかかりつつ、彼女は少しずつ歩き出した。

***

リュゼは出口を求めて洞窟の中を彷徨っていた。ここは、モルセーゴの住処なのだろう。少しばかりではあるが、日用品、家具…色々なものが揃っている。
…気配を探ってみたが、あいつはどうやら、今は留守のようだ。すぐ出かけてしまったのか?いや、あいつのことなんてどうでもいい。
居ないのならば好都合だ。

しばらく探索したのち、リュゼは眷属コウモリ達に見つかることなく出口を発見し、そこから外に出た。
太陽が山に沈んでいく。あたりはオレンジ色の光に包まれ、ややほの暗かった。眼前に広がる緑色の草原を睨みつける。

こんなところにいてたまるか…。あいつの支配から逃れるためには…彼を殺すしかない。

だが、リュゼは悩んでいた。そうは意気込んでも、それは彼女にとって不可能なことであるからだ。
魔女属における契約とは、厳守しなければならないものだ。眷属契約であってもそれは同じもので…守らなければ、罰則が適応される。罰則はすぐに体に現れ、その違反者を苦しめる。

眷属である限り、私はモルセーゴに逆らえない。
彼から逃れるためには、契約を破棄してもらうように促すか…契約者を…モルセーゴを殺さないといけないのだが…人間の身に落ちた自分では彼を殺すことは不可能だ。

やはり、ここは、同じ魔女属に…ツォリンに頼み込むべきだろうか。それとも、魔女属の長…オルヴィエに報告をするべきだろうか。

…どちらでもいい、あいつの支配から抜け出せるのなら、どんな奴にだって頼み込んでやるさ!

彼女は崖の中腹にあった洞窟から、壁かかるツタを伝って住処から抜け出し、草原に着地すると急ぎ足で森に入る。
転んで少し擦りむいたが、これくらい、なんてことはない。…はやく、モルセーゴを殺すことができる奴に会わないといけないからだ。

血が出ても物怖じせず、急いで森を進んで行く少女の姿を、一人の男がニヤけながら見つめていた。

リュゼがその姿に気がついたのは、モルセーゴの住処から東に進んで、かなり奥地へ至った時だった。

「おいおい、奇遇だな。リュゼじゃねぇか。

そう言いながら、上からスッと落ちてくる人物は、リュゼの前に現れ、細い眼をぎらりと輝かせた。
彼は、引き締まった肉体を見せつける様に、革のジャケットしか羽織っていない上半身を晒していた。細身のパンツに、先のとんがったブーツを身につけている。瞳は、暗闇でも赤くギラギラと光っており、そして鋭い牙を輝かせニヤついていた。
男の目線の先にいるリュゼは、苦虫を噛み潰したような表情をする。

…ああ、これはまずい。確かにモルセーゴを殺せる魔女属を望んだが、こいつは…

「蠍の魔女属…グランヴィニア…。ここらに現れるなんて珍しいな。何か、用か?

リュゼはいつもの調子でグランに喋りかける。だが、彼のただならぬ気に押されて、目が、合わせられない。人間に近い存在になったからなのだろうか、こんなにもこいつに恐怖を感じることがあるとは…。震える手を握りしめて、いつもの余裕ある表情を作る。
気が付かれてはいけない。何と言っても、彼は…。

「ああ、子山羊を追ってたんだ。森に逃げ出してな。母親を目の前でバキバキに折り曲げてやったからか、ひどく怯えてな。

彼はそういうと、木の上を見るように促した。
そこには、無残に折り曲げられ、肉体から骨を飛び出させて血を流して死んでいる、人間の女と、子供が吊るされていた。
恐怖に引きつった顔だ。子供の方はまだ最近まで生きていたのか、死後硬直により、体がピクピクと動いている。どちらも、彼によって殺されたのだろう。

グランヴィニアは、魔女属としてもドン引きな程の人間過激派だ。

こいつは魔女属の中でもずば抜けてイかれている。様々な魔女属が人間を恐れ、人間を嫌っているが、それは被害を加えてくる人間に対してのものが多い。
だが、こいつは人間そのものを憎悪し、老若男女関係なく、出会った者達全てを様々な拷問を加えて殺している。

「よかったらお前も食うか?親は少し硬いが。子の肉はうまいぞ。いまの季節ならいいもんを食ってるはずだ。肥えすぎは脂肪まみれで食えたもんじゃあねぇが、こいつらは放浪者だ、程よい筋肉と贅肉が蓄えられてる。

かつての自分も、人間を食らったことはある。とくに痛みを与えた人間の肉は甘みが増し、とても美味になる。しかし、今、自分は魔女属ではない。むしろこの状況に恐怖すら覚えるほどだ。吐き気を催しながら、首を振る。

「いや。いい、私は先ほど獲物を食らったところだ。お前だけで食えよ。

「…そうか?なら仕方がないな。
お前の魔力の足しになるのではないかと、考えていたところだが。

彼の言葉にびくりと震える。ああ、やはり、彼は気がついているのだろう。
グッと、足に力を込める。隙をついて逃げ出すためだった。

こいつは私を喰らう気なのか?
…どう切り抜けよう。このままでは…


と、考えがいたる前に、彼がすぐ近くにいたことに彼女は気がついてしまった。いつの間にか、グランはリュゼに詰め寄っていたのだ。
そして、その隙をついて、彼は彼女のみぞおちを突く。ひどい痛みと吐き気に悶える。だが、そんな暇も与えずに、グランはリュゼを木の幹に押し付けた。
その時の衝撃で口の中を切ったのか、血の混じった唾液が口から溢れ、糸を引く。彼はニヤつきながら、彼女の顎を掴み、無理やり唇を奪った。
痛みによって、拒否する力も起きない。
吐息が漏れ、彼の好きにされる。嫌だ、と暴れようにも、倦怠感に襲われ、何もできない。

「ん、んうっ…!ふっ……!!

…そして彼は、何度か味わった後、口を離す。暴力を振るわれ、ぐったりと幹にもたれかかるリュゼを見て、グランはニヤニヤと笑っていた。

「あーうめえうめえ、やっぱりお前、人間になってたんだな?驚いたぜ。まさか、気になってた女がいつの間にか、人間に堕ちちまった、なんてな。


彼は、リュゼが逃げ出さないように、彼女の股の間に足を挟み込んだ。そして、彼女の腹から胸部に向けて手を忍ばせていく。奴の吐息を感じるほどに距離は近く、グランは彼女の耳元で優しく囁いた。

「どうだ?俺の魔力はお前の足しになったか?いまからお前を楽しむんだ、簡単に気絶されちゃ、もったいないからな。

せめてもの抵抗として、彼を押し退けようと手に力を込めるが、それは何の効果も示さなかった。うまく力が入らない、睨むことも彼女にはできず、彼の胸元を見たまま震えていた。その様子に満足したのか、彼は彼女の耳元でこう囁いた。

「やっぱ人間になっちまったんだなぁ…?リュゼ。恐怖で動けなくなるなんてよ。
いい機会だ、ここでお前への用事を済ませてやる。
モルセーゴ…あのコウモリ野郎のモノにされちまったが…まだ間に合うだろ。俺は、お前を、俺のものにしてぇって、お前を喰いたいってな、ずっと思ってたんだよ。

じゅるり、と彼はリュゼの首筋を舐める。彼女は抵抗はできないまま耐えぬいている。
…ああ、本当に気持ちが悪い。吐き気がしそうだ。

「ああでも、やっとリューグナーの力が手に入るのか。しかも、あのコウモリ男の力の断片まで…なぁ…?嬉しいねぇ、こりゃ。ノルマ達成ってやつだな。

満足げに、彼は笑った。そして…リュゼの露わになった太ももから、鼠蹊部にかけて、愛撫を続けて居た彼の手が、ついに彼女の、中に、入ってくる。びくりと身を震わせ、動かさなかった手で抑えつけようとするが、もう遅かった。

「いッッ…!!!

思わず声が出そうになる。知らない感覚だった。ああ、嫌だ…嫌だ…!体全体がこわばり、震え出す。彼の指は水音を立てながら、彼女の中に入っている。

「おいおい、俺だって鬼畜じゃねーぜ。最初は一本、だろ?
…なんだ、感じてんのか?それとも恐れてるのか?もう、こんなに、ぐちゃぐちゃじゃねーか。これなら、もっと挿れれるな?

彼はそう言いながら、指の本数を増やす。尖った爪が彼女の膣内に刺さり、肉を引き裂いていく。痛みに悶えるが、抵抗はできない。
二本、三本…中が圧迫されて、とてもくるしい。涙をにじませながら、彼の拷問のような愛撫に耐える。耳を齧られ、舐められ…体の殆どを弄られて…早く終われ早く終われと、彼女は心の中で思っていた。
彼が飽きてさえくれれば、もう終わりなのだ。そうだ、彼が、飽きてさえくれれば…
だが、リュゼの思い通りにはいかなかった。

グランには、彼女が反応を抑えて自分を飽きさせようとしていることなど、お見通しだった。

彼は、ズルリと、彼女の膣内を血だらけにした指を一気に引き抜く。
ふー、ふー、と吐息を荒くしている彼女はすこし安堵した。

ああ、ようやく解放された。
反応を抑えたから飽きてくれたのか。

だが、その思惑も見事に外れてしまった。彼は、機嫌の悪い声で「おい」と呼んだ。

その瞬間、彼は右手に仕込んだ毒針で、リュゼの腹を貫いた。もちろん、その瞬間に、彼女の口を手で押さえ、声を殺させる。

「ンンッ!!ンゥーー!!ゥッ…ウッ!!

引き抜こうと、必死に抵抗しようとするリュゼ。涙が両目に滲んでいる。だが、彼女の力でひきぬけるものではなかった。グランは笑いながら、また、上機嫌にリュゼに話しかける。

「んな、怯えんなよ。痛いのは当たり前だろ。刺してんだからよ。
愛撫だけじゃやっぱ、足りねぇんだよ。膣ん中引き裂いたところで、痛みなんてこれっぽっちだもんな?なあ、お前だって刺激が足んねーだろ?なぁ、ほら。

ずるりと、血にまみれた手を、ゆっくりと腹から取り出す。ぼたぼたと、血液は地面にこぼれていく。涙を流しながら、虚ろな目になりつつあるリュゼに、グランは興奮しているようだ。

「いいね、いいね。興奮してきた。もうビンビンだぜ?リュゼ。
ずーーっとお前を殺してみたかったんだ。俺の毒で、お前を侵して、犯して、俺のものにして、俺の手で殺してやりたかった。
それが叶って嬉しいぜ。

何度も、何度も、右手の毒針で、笑いながら彼女の体を刺していく。ボロボロと涙をこぼしながら、力のない手で、グランから逃げようと抵抗するが、無意味だった。

「なーに、逆らおうとしてんだよ。ゴミカスの分際でよ。
…まあいいや、お前が完璧に死ぬ前に、最後にヤッとくか。中の具合も十分だしな。

彼はそういうと、突き刺した手を引き抜く。
血がぼたぼたと地面にこぼれ落ち、追従するように、リュゼも倒れ込む。
血液が口から溢れ、うまく息が吸えない。毒が効いているのか、彼女は目の前がぼやけていく感覚に襲われていた。暖かみがどんどん消えていく。
彼は、自分のズボンのベルトに手をかけた。金属音が響く…その音を、リュゼは微かな意識の中で感じていた。
もうだめだ、自分はここで殺されるのか。
こんな、下賎な奴に…弄ばれて…

そう思った時だった。

「よくも……の女…触っ…な…

効いたことのある声が聞こえた。
しかし、内容を全て聞き取ることはできなかった。霞む視界は完全に閉じられ、彼女は眠るように意識を失っていった。



次に起きた時、リュゼはベットの上だった。体にある傷の殆どが薬草で覆われており、彼に刺された所は、綺麗になくなっていた。
ぼうっと、それらを見つめていると、それに気がついた白い毛玉が、驚きの声をあげた。

「ひゃあ!リュゼさま!リュゼさまがお目覚めに!誰ぞ、主人殿をここに呼んで参れ!

「リュゼさま、ご気分いかがですか?お飲物がいられますか?

キューキューと騒ぎ立てる毛玉達。だがその姿も、部屋にやってきた主人が命令すると、影となって消えてしまう。
リュゼは、彼を見るや否や、体を無理やり起こそうとする。だが、未だ体の奥に残る毒が、彼女を蝕んでいるのか痛みに悶え、ベットでうずくまった。
そんなリュゼを、モルセーゴは表情一つ変えず見つめていた。彼女がその視線に気がつくと、近くにあった椅子に腰掛け、彼は、ゆっくりと話し始める。

「俺の命令に背くからそうなるんだ。リュゼ。反省しろ。
お前が脱走したことに早く気付いたから、よかったものの…お前はあとすこしでアイツに犯され、殺されるところだった。
…間に合って良かった。本当に。

一呼吸おいて最後の言葉を言った彼に、リュゼは鼻でふっ、と笑うと、じとっと睨みつけた。

「そうだな…使い物にならなくなる前に助けてくれて…どうもありが…うっうう…ぁ…

彼女はうずくまり、痛みに耐える為に、シーツをぎゅっと握りしめている。ひゅうひゅうと、呼吸するたびに音がなる。とても苦しそうだ。モルセーゴは目を閉じてため息をついた。

「いいか?お前を狙っているのはグランだけではない。これからは、狩人や、魔女属…様々な者がお前を狙うだろう。下手に外に出ることがどれだけ危険かわかったか?

重ねての忠告に対して、リュゼは返事をしなかった。すん、と、鼻が詰まったような音が聞こえる。
彼はそんな様子を心配することなく、再び指を鳴らしてやってきた従者達に声をかけた。

「薬湯の準備は整っているのか、ディビー。エントシー。…そうか。わかった。今から行く。湯は多めに炊いておけ。それから、ティレンとキュレスは結界の強化にあたれ。
セズ、お前は湯浴み後の薬を調合してくれ。薬草庫の25番目と51番目だ。

彼は眷属達に命令をすると、鼻をすすりながらうずくまっていたリュゼを起こす。抵抗をしたいが、そんな元気もない。彼女は毒による熱で、顔を真っ赤にさせて、吐息を漏らしながら、彼に話しかける。

「やめろ…!モル…なに…を…

「今から、毒抜きの為に、お前を薬湯に入れる。自分で服を脱げるか?

薬湯、と聞いた彼女は驚いた顔で首を振る。それは拒否を表していた。
だが、彼は表情一つ変えない。
最悪だ!リュゼは絶望していた。お湯が大嫌いだからである。熱くて痛くて、しかも臭い薬湯となればなおさらのことだった。

「お湯は嫌だ…!せめて、水が…

「拒否しても無駄だ。このまま死にたいのか?
自分で脱げないなら俺がやる。

「い、いやだ……、やめろ…!!

リュゼの抵抗も虚しく、彼は彼女の服を脱がせて行く。暖かい肌が冷たい空気に晒されて、もっと顔が熱くなる。
柔らかい肌に、彼の大きくて少し冷たい手が当たり、彼女はぴくりと身を震わせた。

モルセーゴは、近くにあったタオルケットでリュゼを包み込み、抱きかかえると、そのまま歩いて風呂場に連れて行った。
揺れるたびに、痛みに襲われる為、それ以降、リュゼは文句は言わなくなり、風呂場に到着するまでに、彼の体に張り付くように抱きついていた。

****

ジュウッと、薬湯が体に染み込む。まだ閉じていない傷口に沁み、リュゼは大きく「痛いッ…!!」と叫んだ。

「我慢しろ。せめて10分はつかれ。」

モルセーゴは、痛がってこちらに抱きついてくるリュゼの背中を、ポンポン、と励ますように叩く。それでも彼女はすすり泣くのをやめなかった。
全身に塩を塗られたような、そんな痛みが彼女を襲う。温かいお湯が動くたびに痛みを感じる。彼にしがみついていないと、意識が飛んでしまいそうなほどだ。

「この湯に入れば、殆どの毒は抜ける。

彼は、目を閉じてリラックスしたように、短くため息をついた。片方の手で、しがみつくリュゼの体を支え、もう一つの手は、湯の外に出している。翠色に輝く湯から立ち上る
やがて、痛みにも慣れてきたリュゼは、じっと、彼の浅黒い肌を観察しはじめた。
すると、彼女はハッと気がついた。
彼の腕から、肩にかけて…いま見える範囲で確認できるものだけだが、彼もまた、先程の…おそらく自分を助けた戦闘で、生々しい傷を負っている。
この痛みを感じないのか?と思うほど、彼は表情を変えることなく、湯に浸かっていた。

「どうして、助けたんだ?

そろり、と呟いた。変に心がモヤモヤするからだった。その問いに、モルセーゴは、紅い目を細めて言う。

「お前は俺の能力の、4分の1を持っている。あのままお前をほっておけば、その力をグランに吸収されるからだ。それを避けたかっただけだ

その答えを聞いて、そうか、とだけリュゼは言った。彼から離れて背を向ける。相変わらずお湯の中でじっとして動こうとはしないが、そのすこししおらしい態度に彼は違和感を感じていた。

体がうまく動かせないからか…いつものこいつなら、激怒して襲いかかってくるのだが。

彼は、彼女の背中に触れた。リュゼは、いきなりのことで驚いたのか、びくっ、と身を震わせる。振り返った彼女の表情には怒りはなく、不安だけがあった。彼は彼女の手を掴み、引き寄せると優しく抱きしめる。
胸と胸が重なり、彼の体温を直に感じる。鼓動も、吐息も一定の速さを保っている。

何をするのかと思っていたが…抱きしめて何が面白いのか。

リュゼはううんと考えていた。
だが、今まで感じていた嫌悪感が、この時だけは消えていることに、彼女は気がついていた。

認めたくないが、あのグランよりもこいつはまともだ。酷いこともしない…はずだ。眷属として、主人が近くにいるからなのか、とても安心する。

彼女は温かみに包まれて、ゆっくりと目を閉じた。
天井に登った雫が垂れ落ち、お湯の中に落ちていく。そのしずくがパタリと彼女の肩に落ちた瞬間、ひゃあ!と驚き声を上げた。

「そろそろ上がるか。

そういうと、モルセーゴはリュゼをお湯から抱き上げて連れていく。彼女も少しのぼせ気味だったのか、暴れることなく素直に抱きかかえられる。

モルセーゴは、白い清潔なシーツが敷かれたベッドに、リュゼを座らせると、彼女にタオルを一つ手渡した。

「体を拭くことくらいは自分で出来るはずだ。
出来なければ言え。

彼はそういうと、自分の体をタオルで拭き始める。リュゼもむっとした顔に戻ると、すこしずつ体を拭いていった。
薬湯の効果で毒のほとんどは抜けたようだ。体を動かしてもあまり、痛くない。
重たく濡れた長い髪をタオルで拭いていると、視線に気がついた。

「なんだ、私の体に何かあるのか?

じっと、こちらを見ているモルセーゴを睨み返す。彼はいや、べつに。というと腰にタオルを巻いたまま、飲み物を飲む。褐色の肌に、程よく筋肉のついた体。体のいたるところにある傷もしっかりと見えた。グランにつけられた傷は深く、傷跡が残っているようだ。

「(あの痛みに、一つも声もあげないなんて。実は、痛覚がないのか?こいつ…)

ジロジロと難しい顔をしながらモルセーゴを見る彼女を気にも留めずに、彼は、コップに入ったお茶を差し出した。不思議な顔をしてリュゼはそれを受け取る。

「これは、薬茶だ。薬湯で抜けなかった、内側の深い場所に残った毒を抜いてくれる。飲め。

すこし匂ってみると、鼻を刺激する匂いにむせる。古い薬を泥と混ぜたようなひどい匂いだ。
顔をしかめて、リュゼは、首を振る。

「こ、こんなもの飲めるか。

「飲め。

リュゼは何度も首を振る。いやだ!いやだと、首を振る彼女に痺れを切らしたのか、彼は冷静に言った。

「そうか、飲めないなら無理やり飲ますだけだ。

そういうと、彼はリュゼに近づく。びっくりして後ずさりをするが、シーツが手に引っかかり上手くいかない。モルセーゴはあっという間に距離を詰めていった。

「なっ、やめ…!わかった、自分で飲…

最後まで言葉を言う前に、モルセーゴは彼女のカップに入っていた液体を飲み、口に含む。それから逃げようとする彼女を引き寄せて、キスをした。

「んっう…!!

すこし温かい液体が、口の中に入ってくる。強引な方法の為、少しだけ液体が口の横から漏れて彼女の肌を伝っていく。拒否しようともがく手には力がなく、彼を止めることはできなかった。
…ひどい匂いがする。味は、甘くて、苦い。
最後の飲み込みの際、彼は口を離した。そして、リュゼの鼻をつまみ、息が出来ないようにして強制的に飲み込むように促す。

「うぅーっ!

あまりのまずさに、涙を流しながらリュゼはそれを飲み込んでいった。全部飲み込んだ時、鼻を離し、彼女は咳き込むと、吐き出す力もなく、ベッドにうずくまった。

「げほ!げほげほっ…く、くそ…ぉ

「味はひどいが、効果は高い。我慢しろ。

無理やり風呂に入れられ、無理やり薬を飲まされ、ひどい目にあわされている。彼を睨むが、相変わらずの無表情に嫌気がさす。
だが、彼女に訪れる悲劇は、これだけじゃなかった。

それから数時間が立ち、空が白んできた時、リュゼは今まで味わったことのない苦痛を感じていた。
体のあちこちが痛み、起き上がることができない。倦怠感に襲われ、呼吸もままならない。そんな状態で、彼女は一人、ベッドの上で苦しみに耐えていた。
モルセーゴの眷属コウモリ達はキィキィと心配そうにリュゼの側についている。
やがてそこに、モルセーゴもやってきた。
彼は自分の肩に付いた雪を払い落とすと、すぐにリュゼの元にやってきた。
彼女はベッドの中でか細く息をしながら、苦しみにあえいでいる。額には眷属コウモリ達が絞った濡れタオルが置かれている。

「モルセーゴ様…リュゼ様の容態が悪うございます。熱もどんどん上昇しております。これは…

「先の薬の調合が…おかしかったのでしょうか?

彼は、熱で少し温まったタオルを下ろし、冷静な態度でリュゼの額を触る。
しばらく触れた後、氷水でタオルを再び冷やし、絞ったものをまた額に乗せる。

「いいや、薬はちゃんと効果を示している。調合ミスではない。これは…魔力がついに底をついた為に起こる現象だ。薬が効くよりも早く、体が無意識に魔力を使用し、毒に対する回復力を補ったようだな。

彼は、目を細める。

このままだと彼女は…俺が生きている限りでは死なないが、死ぬのと同じ感覚を、魔力が回復するまで味わい続けるだろう。
これは、唾液等の魔力供給では足りないか…血液を胃に流し込んでもいいが…消化器官が働いてないから魔力への分解も進まず、吐瀉物として出てくるだろう。…仕方がない。

「…お前達、住処に戻れ。2時間ほどこの部屋に近づくな。時間が来たら温めたタオルと、乾いたタオルを持ってこい。

コウモリ達は、ぴっ、と顔を見合わせて、急いで部屋の外へ飛んでいく。
しばらくして、部屋に残ったのは、モルセーゴと、リュゼの二人きりだった。

う…う、と、うなされているリュゼの頬に手を当てる。すると、リュゼも気がついたのか、朱い瞳を開けて、彼を見る。

「モル……嫌だ…しに…たく…な…

「わかってる。

彼はそういうと、自分の服を一つずつ脱ぎ始める。そして、彼女の上にかかっていた布団を剥ぐと、着ていた薄いローブの紐をほどく。はらりと胸部から腹部、足にかけて、彼女の全身が露わになる。

「う…ぁ…な、に…して…

熱で赤くなっている彼女は、ベッドに入り、自分の側に来ようとするモルセーゴを止めようと手を伸ばす。だが、やはり止めることはできなかった。
彼はゆっくりと、彼女を見つめて言う。

「…嫌だろうが、我慢しろ。いまからお前に……魔力を注入する。詳しく話しても、お前は理解できないだろう。全部終わった後で、ちゃんと説明する。

彼はそう言うと、小さく、何度も彼女の唇にキスをした。彼女も息苦しさからか、吐息が漏れる。頭がぼーっとして、何も考えられなくなる

彼は、大きな手で、彼女の体を優しく愛撫していく。やや、小ぶりな乳房を、やさしく揉み、桃色の蕾を指で撫でる。
慣れない感覚に、リュゼは体を跳ねさせた。
その感覚から逃げ出そうと身をよじる彼女だったが、彼は逃さないように彼女の体の上にのしかかっている。抵抗することもできないまま、愛撫に耐え続けるリュゼの息も荒くなり、やがて、「ひぁっ…」と声を出してしまう。
その声を聞くと、満足したのかそれとも飢えを感じたのか、モルセーゴは、彼女の蕾を歯で噛んだ。その痛みと刺激に、リュゼはもっと大きく声を出してしまう。フーフーと、息を荒げ、刺激を止めることのない彼を睨む。だが、彼は何度も吸ったり、噛んだり、を繰り返す。飽きたらまた撫でて刺激を与え…だが、与えすぎないよう、彼女が昇りつめないよう、セーブしていく。

何度も何度も繰り返し、リュゼの喘ぎ声も少しずつ立ってきた時だった。彼は突然乳房への刺激を緩め、今度は腹から鼠蹊部に指を滑り込ませ、彼女が気がついて遮る前に、秘部の中に潜り込んで行った。

「っっあ…!

ぐちゅり、と、水音が聞こえる。
…この感覚は、アイツに襲われた時も感じた感覚だった。手をぎゅっと握りしめる。

彼の指は、すんなりと中に入っていった。だが、何故だろうか…痛みも、不快感も感じない。こそばゆい感覚だけが頭を支配していく。動きを封じようと、両足で挟んで拒むが、意味はなかった。彼は、ゆっくりと、指の腹で膣の内部を刺激する。その刺激によってか、自然と足も、拒むのをやめていた。
挿れた指を、何度も撫でるように抜き差しを繰り返す。ゾクゾク、と体の内側が痺れる感覚が彼女を襲った。彼は余った親指で、彼女が一番感じる場所を刺激しながら、二本の指で内部を刺激する。
リュゼは感じたことのない感覚に身をよじり、甘い声を漏らした。

「あっう…ゃ…だ、モル…ッひっ…

「リュゼ

耳元で名前を呼ばれ、体がゾワゾワと興奮する。彼女はもう、果てそうだった。

「んっく、うっ…あっ…

全ての感覚がまとまり、彼女が果てようとした時だった、彼はいきなり指の刺激を止め、彼女の体から引き抜く。
きて欲しい刺激が目の前で消えてしまい、リュゼは息を荒くしながら、涙目で彼を見る。

「な、なんで…モル…いまっ、

「良いところだったのか?それはすまないことをした。

彼はそう言いながらいたずらに微笑むと、リュゼの頭を撫でてなだめる。そして、ズボンを下ろし、大きく腫れ上がったモノを出した。

「も、もる、それ…なにを…す…

「俺だって余裕がないんだ。すまないな。

彼女が全て言い終える前に、彼は自分の口で、彼女の言葉を塞ぐ。短く、何度も、何度も…彼は口づけをした後に、彼の手はリュゼの太ももに触れ、優しく撫でていった。
体に力が入らないまま、リュゼは成すすべもなく、彼の力に沿って足を開く。薄紅色の花弁を親指の腹でなぞり、彼は大きく反り立った肉棒を近づける。

「これを挿れた後、お前の体内に液体を残す。…そうすれば、お前がへばってしまった後も、なんの障害もなく、魔力が供給できる。
安心しろ、お前は孕みはしない。お前は人間に近いところにいるだけで、人間ではないからな。

「も、モル…あっ…ぃ…

ゆっくりと彼のモノが中に入っていく。
入念な愛撫の結果、リュゼの中は出来上がっており、挿れるのに苦労はしなかった。しかし初めての感覚に、体がこわばっているのか…彼女はフーフーと息を漏らしながら締め付けている。

「痛いか?

その問いに、彼女はゆっくり頷く。熱で赤くなった顔…目元には涙が浮かんでいる。

「すぐに終わらせる。すこしだけ、我慢しろ。

彼女の顔を優しく撫でながら、彼はそう言うと、彼女の細い腰に手を添える。そして、ゆっくりと自分の腰を動かし始めた。
ズッズッと、ゆっくりも彼のモノが動く。変な感覚に彼女は身悶えする。ギュッと、ベッドのシーツや枕を握り、振動に耐える。しかし、出たり入ったりを繰り返すそれに、段々とリュゼは不思議な心地よさを感じていた。

「ん…んっう…ぁ…ひっ…

段々と彼女の声も、艶が出て来たことを、モルセーゴは感じていた。どうやら悦びを彼女は覚えたようだ。腰を揺らすたびに、揺れる小さな乳を優しく撫でると、喘ぎはすこし大きくなる。
…ああ、そろそろか。と、モルセーゴは、彼女の体を抱き起こす。

「ひぃあっ…ッ!!

すると、もっと奥まで、入っていったのか、彼女は身悶えしながら、自分にしがみついた。ぎゅうっと膣が絞まる。彼ももう余裕がなくなってきていた。

「リュゼ。

彼女の名前を呼び、腰を動かす。
息が荒くなっていく彼女は、きゅうっとモルセーゴにしがみつく。
彼女は何かがくる感覚に怯えていた。ピストンが早くなるたびに、その感覚はどんどん大きくなっていく。
彼もそれを感じているのか、見たことのない余裕のない顔をしていた。

「…ッあ…ぅ…

ぎゅうっと、抱きしめあい、そのひと時を迎える。お互いに荒くなった息が少しずつおさまっていくと、リュゼは温かい何かが中に入っていることを感じた。


彼女の体を全て拭き、ベットに寝かせた後。眷属共に彼女の面倒を任せ、自室に帰ったモルセーゴは、ため息をつきながら椅子に座った。

…魔力の譲渡に必要な行為であったとはいえ、やはり、引け目を感じる。
眷属化の時に、いつかこのような時が来ることは予測済みだったのだが…よもや、ここまで早いとは思わなかった。…そして…何より、彼女との体の相性が最高であることにショックを隠しきれない。

「はぁ…

モルセーゴは悩まされていた。…彼女の艶のある声が、耳から離れない。あのような声が、彼女から出るとは。
毎日毎日追いかけてきては、自分の邪魔をしてきた女が…仕方がない理由とはいえ、体を交わせる仲になってしまうとは…。
また大きくため息をつきながら、木で出来たカップに注がれた水を一気に飲み干す。
そうしていると、窓から白い色のコウモリがモルセーゴの前まで飛んできた。

「モルセーゴ様、今よろしいですか…
うん…?どうかなされたのですか?ご気分悪うございますか?後にしましょうか。

「ニアか…いいや、今報告をしてくれ。

ニアと呼ばれた白く青い目をした眷属コウモリは、彼からそう言われると報告を始めた。

「どうやら、長オルヴィエがリュゼ様に起きた事を察知された様です。そこで、モルセーゴ様を次の魔女集会にて尋問すると。どうされますか…。

モルセーゴは、その言葉に顔色一つ変えなかった。魔女集会での尋問は、予想通りだったからだ。

「彼女を眷属と化してから、そう数日もたっていないが…早い行動だな。大方、グランの差し金だろうな。
…尋問を受けると伝えておけ。行動に起こした以上、この様なことが起きることは予想済みだ。

「かしこまりました。…リュゼ様の安否も報告せよとのことですが…

「ツォリンがせがんでいるのだろう。あいつはリュゼを溺愛しているからな。…『リュゼは俺の元にいる』と、報告しておけ。あの女は、激怒して乗り込んでくるだろうな。まあ…オルヴィエに止められるだろうが。

ニアは、ぺこりとお辞儀をして、また窓から飛び立って行く。
その姿を眺めながら、モルセーゴはため息をついた。変な拾い物をし…契約を結んだ報いが、これから自分に降りかかる。…ああ、馬鹿馬鹿しい。だが、後悔はしていなかった。

「(魔女集会が開かれるまで、そう時間はかからないだろう。明日か…明後日か…それまでに、リュゼの躾を終わらせないといけないな)


木でできた大きなテーブルを隔てて、二人は向き合っていた。イスはギイギイと音を立てている。
リュゼは不機嫌な顔をしながら、無表情でこちらを見るモルセーゴと顔を合わせている。
眷属コウモリ達は不安げな表情で二人を見つめていた。
木のカップに紅茶が注がれ、それぞれの前に置かれる。良い匂いが部屋を満たすが、それは、モルセーゴとリュゼの間に満ちている不穏な空気を和ませるには少し足りない様だった。

「それで、何か用なのか。リュゼ。

二人の間の空気を切り裂く様に、口を開いたのはモルセーゴだった。だが、リュゼはムッと彼を睨みつけるだけで、何も言わない。
モルセーゴは紅茶を飲む。

彼女は目覚めてすぐ、自分のところへやってきた。いつものように、怒鳴りながら、物を壊しながらやってくると思ったら…そうでもない。静かに落ち着いた様子で、話がしたいと言われ、この場を設けたが、一体何なのだろうか。

そう、モルセーゴが思っていると、ふいにリュゼが口を開いた。

「…お前に…だな、…その…

二人の間に再び沈黙が流れる。彼には彼女の言いたいことがわからなかった。
リュゼは目を伏せながら、眉をひそめ、自分の考えと戦っている様だ。その態度にしびれを切らしたモルセーゴが、口を開いた。

「何が言いたい。

「だから…だな、…

チラチラと、目配せをする。どうやら、眷属コウモリ達を気にしている様だ。モルセーゴは彼らに席を外す様にと、指でジェスチャーをする。するとコウモリ達は作業をやめ、急いで部屋から出ていった。
やがて、二人以外は誰もいなくなった部屋で、リュゼは、ゆっくりと口を開いた。

「…あり、がとう。助けてくれて。それが、言いたかっただけだ。

モルセーゴは目を丸くして、彼女の言葉を聞いていた。あんなにも、粗暴で、凶暴で、ありがとうの、あの字も知らなそうな女が…?
ああ、頭痛がする。ため息をついて片手で頭を抑える。その行動に、リュゼはムッとしている様だ。

「なんだよ!私だって、礼くらい言うぞ!
お前に助けられたことは…事実だし…反省もしている。私はあのままだと、死ぬところだった。しかも、お前は…二回も、私を助けてくれた…理由とやり方はどうあれだ!

目を伏せながら、彼女は紅茶の入ったカップを両手で握っている。
どうやら、本当に反省している様だ。

「礼を言ったところで、俺はお前を解放することはできないぞ。お前がどの様な態度をとろうが、お前はもう、俺の眷属だ。

わざと、彼女を挑発してみる。今までの彼女ならばこの作戦にも乗るだろう。怒り狂って自分の意見を押し通そうとする。
リュゼはその言葉にやはりムッとして、彼を睨みつける。だが、すぐにまた目を伏せた。

「分かっている。いやほど思い知らされた。

その態度に、彼は驚いていた。本当に諦めたのか。あの、リュゼ・リューグナーが。どれだけいなしても、遠ざけても、諦めずに自分の邪魔をしてきた、あの、女が。

やはり、決め手は…グランヴィニアに会ったことだろうか。あれが、彼女に対する死の恐怖を植え付けたのだろうか。
ふと、彼女を助け出した時のことが脳裏に浮かぶ。大量の血を流し、意識が朦朧とするなか、俺の名前を呼ぶ、彼女の姿が…。

「どうしたんだよ、モルセーゴ。

彼女の言葉で、ハッと気がつく。どうやら考え込みすぎた様だ。

「いや、意外だと思ってな。
お前は頑固なやつだと思い込んでいた。いっても聞かないやつだと。

「失礼だな。そりゃあ、自分の能力があれば、お前には逆らっていたさ。今だって、…逆らいたい。
お前なんかに二回も…助けられたなんて、信じたくない。とてつもない屈辱だ!でも…これは事実だ。
私には、もう力がない。人間と同じだ。しかも、お前に…その…魔力を貰わないと生きていけない体だ。抵抗することが無駄なら、お前に従属するしか…ない。

これは驚いた、とモルセーゴは内心思っていた。彼女は、本当に全て理解し、諦めていたのだ。改めて、目の前にいる少女が、とてつもなく弱く見える。

「…分かっているのならいい。俺はお前に制限はかけるが、それは全ての行動に対するものじゃない。
お前と眷属契約を結んだ時、俺は、力のすこしをお前に譲っている。半身のようなものなんだ。だから俺は、俺の半身としてのお前の命を守らなければならない。眷属コウモリ達も、お前に力を貸してくれるだろう。上手く使え。

モルセーゴはそう言うと、席を立つ。マントを羽織りながら、彼は部屋から出ていった。

リュゼはその場に残され、一人うなだれていた。
モルセーゴの反応は予想通りだった。淡白で味気のない。自分を救った理由は、自分が彼の半身であるからという理由。…その方が自分としても楽だ。

「(もう少しバカにすると思っていた。今までやってきたことの報いとして、強制的な命令を下して、あれこれと自分を使役すると思っていたのに。なんだ、あの、態度は。

ふと、脳内に、あの時の記憶が戻ってくる。甘く、苦い、記憶。果てる感覚と、彼の吐息と余裕のない表情…。
机をドンッと叩き、彼女は頭を掻いた。
変な気分だ。イラつくが、どうしようもない。
あいつは何がしたいんだろう。

ふと見た窓の外には、青い空と、白く雪を残した森が広がっている。
彼女は紅茶を全て飲むと、カップを持って部屋の外に出た。

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